昭和42年10月27日 夜の御理解
私は雨が好きなんです。何とうなしに心が落ちつく。雨の夜など一人で御祈念をさして頂いたりしておるともう限りがないほどの雨に対する感動、ね、情感が雨に通うとでも申しましょうかね、雨どいの音を聞きながら、一人世のふけるのも忘れて御祈念をするといったようなことは体験あります。こちらへ合楽へ参りましてから、あんまりございませんが、椛目時代はいつもそうでした。もう御神前のすぐそこが雨だれの音がよう聞こえまいりました。
雨の音が風の音が聞こえてくる、伝わってくる。それこそ雨になり風に誘われというですかね、何とはなしに雨に風に通うという心ですね。小さい時に婆の膝で聞かしてもらった風の吹く時なんかはもう戸を早う閉めてしまいますね、戸ががたがたがたがたいうて、ほうらもうぞうぞどんが来ござるって、もうぞうぞどんて言いよりました。ぞうぞどんがきよろけん?早よ寝らにゃん。早よ眠らにゃぞうぞどんが来らっしゃるぞと、もう本当にその恐いぞうぞどんがもうそばに来ておる気がするんですね。
それにもうそれが、婆の膝の上で早よ寝らにゃと言われる、いくつくらいじゃったかまあ想像つくのですけれどもね、そういう言わば育てられ方ですね、ある雪の日なんかは早よ寝らにゃもういっこんこんが出るね、その雪女が出る、まあ(きんしょくしょく?)というあの米を仕込む音、本当にそこに聞こえてくるようにその話をしてくれたんですね。さあさ早よ寝らにゃんと言うて、まあ婆の懐で温められながら休まして頂いた。言わば雪女の話でふっかけて頂いて、何とうなしにこの道に通うておる。
金光様の御信心がね、そういう天地の働きというかね、自然のそうした働きといつもこの交流しておれれる、通うておれれるというものが必要のようにあるですね。そういう情感が豊かになからなければならんと思うのです。もうその、子供が例えば星の物語へ行こうとしたり、ね、お月様をまんまんしゃまのように、年寄りが教えると、若い夫婦があれはまんまんしゃまじゃなかと、あれは火の塊というふうに説明したんじゃもう(きょうもそっちも?)あったもんじゃない。ね。
本当にこの朝日を拝ましてもらう夕日を拝ましてもらうというあの情感。特に日本人にはそういうひとつの情感がですね、あるんですね。ところがそのそういうものがこの頃何とうなしに薄らいでいく気がするんですね。例えばあの、家の御神前にいつも季節感があふれておるといったようなお広前でなからなければね、お広前の繁盛しておると言えないでしょう、ね。マツタケの季節になると、マツタケが、言わばはしりのマツタケがお供えがある。
もう、あれはいつでしたでしょうかね、マツタケのお供えがありましたのは、御本部参拝の前でしたから、もう本当にこういう干天にはマツタケは生えないというのに、やはりマツタケを見つけてはもうすぐに神様とこう思うんですね、皆さんが。ね。あの神前にお供えしてあります柿は永瀬さん所の柿畑のはつちぎり、初荷もう出しますんで、初ちぎりにというて、お供えをしてありました。
あら、もうそげな時期ですかって、今日高橋さんがふぐをお供えしておられます。本当にそうだな、もういわゆるふぐのはしりである。そういうその季節感がね、御信心にあふれる雰囲気というものがないお広前ではお広前の繁盛と、ごひれいの立つ教会とは言えないというようなことが言われますですね。私はそんな時にですね、本当に例えば俳句なんかを作る人が句なら句に季節感が生まれておらなければ俳句の値打ちはもちちろんないのですけれど、そういうようなものと、例えばそういうひとつの情感というものがですね、やはり私の子供の時から何かそういうふうな(?)申しましたような、婆の膝で聞かしてもろうた話やら、ね、さあそれぞれお家の中に入りなさらにゃと言うてその、まあ言わば恐がらせなんですけれども、本当に風が怖いものと感じたんですね。やはりお月様はまんまんしゃまであり、ね、そういう例えばの雷さんでも鳴るとね、ほらもうすぐ蚊帳をひいてからね、ほらもう裸でおるとも(?)から、その着物着せられてから蚊帳の中に入れられるというようなそのひとつの何というでしょうかね、情緒というかね、うん、そういうようなものが私共の子供心にこう育って、それが神様と交流するようになってから、非常に、いや、交流するようになってくるのも、そういうひとつの情感というものが子供の時から育っておったから、誰よりも私は神様と通うことができるのじゃなかろうか。
私がそういう季節なら季節、情というようなものに敏感であるから、私はここで言うならば初なりでございますといい、ね、これがまあわせのじゃない、わさ御物といいますかね、そのわさものなんかのお供えを頂きますようなおかげもそういうようなひとつのつながりを感じますですね。皆さんがおかげを頂くということをただ、拝むというだけではなくて、拝む中にも何とうなしのですね、ひしひしとこう神様と通うもの、ね。
今日は私久留米でそのことを一言話したんですけれども、私は(?)になりましょうかね、例の久富組にまいって、(?)その日は私、いつまでも時間をちょっとかえりにまいりました。と言うのは、御霊様の、助かっておられない御霊様のお取次ぎさしてもらわなければならないことがございましたから、いつも2時間くらい早く行った。その事が向うに達してございましたから、向うにもそのつもりで待っておって頂いた。
当時は、甘いものというても、砂糖もなからなければお酒なんかも今にない時期です。それでやはり私がいつもより早く行くちゅうのでそのぼたもちを作られたり、それからあの焼酎を用意されたりしてからもう待ってあったわけ。私はその御祈念が終わってから食べようと思った。ぼたもちができてますから、あちらのお父さんが焼酎でもいっかんちゅうてから、その時分に焼酎が手に入るということは大変難しいことでしたのですよね。特別に入るということは。
そういう時代です。それからその時は私は断食中でございましたからね、もう焼酎も頂かなければぼたもちも頂けない、断食中ですから、私断ったけれども、しいてせっかく皆ああして作っておりますけん、まあいっちょうあがって下さいというわけなんです。それで私そのことを神様にお願いさして頂きました。そしたら神様からですね、こういうお伝えを頂いた。伺う心は食べたい心じゃとこう。厳しい言葉ですね。
確かに厳密に言うたらです、本当にここにまあぼたもちがですよね、甘いものになかっておる時代にぼたもちができておる。好きな焼酎のにおいがぷんぷんしよる、お腹はもうぺこぺこ、ですからここでお許しを頂くならば、本当においしいことだろう。こう思うわけなんです、ね。けれども、そのお許し頂かにゃんとこう私思うから、お伺いさして頂いたら伺う心はもう食べたい心だと。
もうとにかく食べんぞと腹決めてですね、それでも最後には皆がああして真心でいれてくれるのだから、ね、焼酎だけをお神酒だけを一献頂けとこういうことであった。焼酎を頂いた。もうそれこそ断食から断食の時ですから、何杯か二、三杯と思うたらもう一本あったんですよね。
そしてその、まあ言うなら酩酊機嫌ですね、御神前に出らして頂いて、もう神様、今日はもう久しぶりに酩酊さしてもらいました。もう本当に、まあ言うならば少しはろれつも回らない位な状態、ね。神様今日はもう久しぶりにで酩酊のおかげを頂きましたとこういうような、もうその情感が神様に通うのですね。神様からお知らせがございました。ね。毎日、ね、好きなお神酒を一杯くらい頂いて、本当に今日もおかげを頂きましたと神にお礼の言える、言えれるようなおかげを頂けよということであった。
決して神様がぼたもちは食べるなよと、酒は飲んじゃいけんという神様じゃない。けれどもその修行中は修行中ぞと。ね。断食というなら、酒も飲まんぞ、ね、あれも飲まんぞ食べんぞとこういうような時にはです、ただ今修行中という時にはまた別ぞと。甘いもの好きなら甘いもの食べて、辛いもの好きなら辛いもの頂かせてもろうて、なるほどご馳走様でしたと氏子が喜ぶ姿を見てこそ神様は喜ばれるのだ。
そういう中にですね、私と神様の中にその情感を感じるでしょうが。ね。あえてそれがもしこうですね、例えばもう神様から大体飲んじゃいかん、食べちゃいかんというわけに、本当に飲みたい心は、伺う心は食べたい心だと、いう卑しい心でついつい飲んだり食べたりしておるということがです、これは神様におしかりは受けはせんじゃろうかと、今日はどうもすいませんでしたといったようなことがあったらですね、本当に神様からおしかりを受けとった。お前がそんくらいなことだというようなことになっておったかもしれません。ね。
けれどもですね、もう神様、今日はおかげで酩酊しましたというような調子なんですね。そのまあ調子がですね、実にこうリズミカルに神様に伝わっていくというかね、うん。久留米の石橋先生という人はもう非常に辛抱強い人でした。もう月次祭の後なんかも、お茶をして頂いて、そして後こうお神酒を頂きます。一晩中でも相手のできる人でした。私も強かった。
本当に皆それにはお付き合いをしておられた。ある時でした。秋永先生がもうふらふらに・・?もう夜中になったもんですから、親先生、あのどうしても眠うしてこたえん時にはどげなふうにいしたらよかですか、それはやっぱり眠るより?、そんならご無礼しますって、そんなもんですね。そういう調子が素晴らしい。ね。例えばもう眠かけんで、黙って次の日まで眠っとくといたしましょうか。私が秋永先生はどこ行ったかと言うて、探し回ってまた起こしてからでも、飲ませるでしょう。ね。
それがなかなか要領がいいわけですよね。要領がええと言やあ要領がええけれども、私と通うておる、そのこつを心得ておる。もう寝うしてこたえん、こげん時は先生、どげんしたらいいでしょうか、さあ頑張らんのというより、そげ時に眠るのが一番良かったいって、ならどうぞっちゅう。私は何とも言えないですね。その、例えば私が焼酎を頂いてからその時のそれとよく似たような感じなんですね。
怒るというても怒られない。時間がきても秋永先生やって来んのですね、どうしよるっちゃか、あの人一人が来んために、その行かれない、始められない。はあもう時間を見てきってからやって来られてですね、それであなたちゅってやってくるもんですから、もうそれがあなたの中にですね、もう怒られないものがあるのです。それは(?)先生がなかなら、どうもすいませんでした今日、あんたばっかりはちゅってもう怒られ( ? )あるわけですね。
それから秋永先生なかなか心得ておる。それがあなたと言うけん、何か、何か珍しいことがあったか何かごたる。だからそれ、かえってその話のこっちで聞くごたる感じがするんですがね。これは神様との間でもなく、そういうものがね、そもそも、なら私と秋永先生、通うとるからそれができる。はあ、今日は親先生が怒るだろうと。ほんなことまた親先生の言うこと聞かにゃ何かそんな(?)こない。ね。
そこに私と秋永先生の通うておるものをそういう中から感じるのです。そういう一つの情感が非常に合楽には強いですね。私ある教会に先日参りましてから、まあ何と冷たい雰囲気だろうかと私は思うたことがあるんです。ところが椛目から合楽の人達はそういうものが本当にさらさらないです。どちらかと言うと情感が(?)ようなものがある。ここのお広前にはある、初めて参ってきた信者さんたちが言うんですね。しかも実に家族的。そういう、そういうようなものもです、そういうものがです、そういうものを神様に感じる。よく、まあ調子良う伝わっていく、ね。お湿りの音は(?)。そのお湿りの音のひとつの、まあ調子になる、リズムになる。私のリズムに、その調子にのって神様が(?)。もういつまでもいつまでも、もうそれこそ限りがないほどに有り難いものができる。陽光が私の中に(?)られる。
そういう情感を( ? )。そういう天地の神様と交流しておるという、まあ(録音不良?)
あれはこの方の拝んじゃならんといったような( ? )。